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vol.044 久保田 大地

    久保田 大地 【切腹ピストルズ】

    きらり~あの人この人~ vol.044

     

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     久保田 大地(くぼた・だいち)

     十日町市松之山出身・在住。21歳。
     高校生の頃から地元太鼓集団・うらだ屋と、全国に多くのファンを持つ和楽器演舞隊・切腹ピストルズに参加。
     高校卒業後、大学進学とともに関東へ移り住むが、この春松之山に帰郷。
     うらだ屋、切腹ピストルズの他、自身の和太鼓ユニットも結成し太鼓演奏活動を続けている。




    自然が大好き、松之山が大好き

    - 太鼓との出会いは。

    久 うらだ屋の演奏を見たのがきっかけです。子どもの頃、松之山で、都会から子ども達を松之山の学校に数年間留学させる「山村留学」があったんですけれど、そこで始まった太鼓が元になり、若い人が始めたのがうらだ屋。そこに中学・高校の先輩達が入って地元の盆踊りとか芸能祭で披露していて、僕もやりたいなと思って高校1年生の時にうらだ屋に入ったのが最初です。

    - 切腹ピストルズにはいつどうやって入ったのですか。

    久 高校3年生の時に大地の芸術祭がありまして、切腹ピストルズがこっちに来ていたんですよ。松之山に移住してきた切腹ピストルズの隊員(メンバー)がいまして、その人に夏に練り歩きがあるから太鼓持って参加しないかと誘ってもらったんですよね。松代の昔の街道を30km練り歩くものだったのですが、その演奏後に切腹ピストルズの隊長(リーダー)に誘っていただいて入りました。大学のキャンパスが埼玉県だったので、大学時代は東京や全国での切腹ピストルズの活動に行ってました。だいたい土日に演奏があるので行きやすかったです。

    - 昨年、切腹ピストルズはニューヨークでも演奏しましたね。反応はどうでしたか。

    久 日本でやっている時と全然変わりなくて、「遠くにいたら太鼓の音が聴こえたから来てみたんだよ」とか「自分の根源を感じさせてくれる音だ」とか、言われることも見ている人達の雰囲気も日本と同じでした。
     切腹ピストルズの前進はパンクバンドで、隊員の大半がパンクが好きでやっていた人達です。東日本大震災が起こって大規模停電があった時に、電気を使わないと演奏できないってことに疑問を感じて、電気が無くても演奏できるは和楽器だなと言って、和楽器の演奏を始めました。切腹ピストルズで僕は割と小さい締太鼓(しめだいこ)を叩いています。締太鼓は縄で絞めて高い音を出すので、叩いていて楽しいですね。

    - 切腹ピストルの衣装と言えば野良着。野良着も作っていると聞きました。

    久 自分で縫ってインターネットで販売しています。幅広い年齢の方に需要はあります。古い野良着から型をとって、布は新しいものも古いものも使って作ります。フーテンの寅さんが着ているような鯉口シャツが欲しかったのですが、値段が高くて。自分で作れるんじゃないかなって思ったのが裁縫を始めたキッカケです。ミシンは極力使わないで手縫いをしています。最近ちょっと早くなって、1着作るのに4時間から5時間くらいでできるようになりました。だいたい1万円から1万5千円くらいで販売しています。何処でも気兼ねなく着られるように、手縫いで強く作っています。

    - 大学時代から松之山に戻って来ようと思っていたのですか。

    久 ずっと思っていましたね。自然が大好きで、四季の移り変わりも好きで、人も好きで、松之山が大好きで。東京って全部が人工的に感じて、景色も路上のゴミ箱も、自分が歩いている道もコンクリートで。でも地元には緑がある。だからずっと帰りたい、帰りたいって思っていました。

    - 太鼓以外の趣味は。

    久 野良着を縫う(笑)。あとは読書と畑仕事を手伝うことぐらいですねぇ。東京に居た時は遊んでいましたけれど、こっちだと野良着縫って、本読んで、畑やっていることのほうが楽しいですね。あと、地元の歴史にも凄く興味があって、郷土資料史とか読んだり、図書館の十日町市の歴史コーナーによく行きます。時間があれば十日町情報館に行っています。

    - 夢ややってみたい事は。

    久 自分で作っている野良着とかハンテンを、布を作ることろから始めてみたいです。服も道具も和物が好きです。

    (2019年7月取材)





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