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vol.034 佐藤 可奈子

    佐藤 可奈子 平成29年度女性のチャレンジ賞】

    きらり~あの人この人~ vol.034

     

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     30歳。香川県出身。23歳で十日町市池谷集落に移住し農業を始める。
     現在は農業の傍ら、市農業委員、県農林水産審議会委員を務め、フリーペーパーの発行、新聞へのコラム出筆など
     里山文化と農業を未来に繋げる、多岐に渡る活動を行う。
     平成29年度女性のチャレンジ賞(男女共同参画担当大臣賞)を受賞。
     女性未来農業創造研究会主催「大地の力コンペ2017」農業ビジネスプラングランプリ受賞(平成29年)など。




    娘を出産したら、つなぐ先ができたと思いました。

    ― 「女性のチャレンジ賞」受賞おめでとうございます。

    佐藤(以下、佐) ありがとうございます。(受賞は)すごく驚きました。私自身もまだまだ、どうやって子育てしながら農業を続けていこうか試行錯誤をしている中で、賞をいただいたことでもっと頑張らなきゃって思いました。
     農村の大切な想いをつなげていくためにと思って農業をやっています。若者の農業への道をつくるとか、農業の価値を上げるとか、そういう想いで活動しています。

    ― 池谷集落に移住してきて良かったな、と思うことは。

    佐 大学生の頃から池谷集落に通い始めました。移住してきた当時は池谷集落の皆さんが農業を通して生き方を教えてくださいました。池谷の人たちのような大人になりたいとか、農村の大切なものを次の世代につなぎたいという想いで「私も農業がしたい」と思いました。最初はひたすら皆さんの背中を追いかけるばかりでした。

    ― お子さんが生まれて何か変わりましたか。

    佐 娘はもうすぐ2歳になります。妊娠中は現場で農業ができなくなりました。でも農業は続けたいし、長い人生の中でずっと生産活動をしていきたいと思った時に、「どうやったら女性でも農業を続けられるだろう」、「お腹が大きくてもできることってなんだろう」、「現場を離れても、生産や商品の販売の後押しになれることってなんだろう」ってすごく考えました。
     その頃は「子どもが生まれたらどうせ農業は続けられない」とか「結婚して農業するって言っても1人じゃできないんだから熱入れ過ぎるな」って言われたり。健康な成人男性でないと農業は続けられないのかと、すごく疑問を抱いたこともありました。
     農業に関心を持つ女性が増えている中で「それだけじゃないよ、いろんなやり方も可能だよ」と、私自身が希望を持ちたかったですし、何かできないかなと。考える中で新しい事業のアイディアが生まれてきました。

    ― 新しい事業のアイディアを聞かせてください。

    佐 農村に「都市に住むママのふるさと」を作る事業です。「ふるさとってなんだろう」って考えた時、私が香川県から東京に出た頃、定期的に香川から米と野菜が届き母の手紙があり、辛い時はいつでも帰って来ていいんだよっていう居場所がふるさとだったんですね。
     でも今はふるさとを持たない都市に住む人が多く、しかも繋がりとか帰る場所とか逃げる場所がないせいで、仕事と子育てで都市生活にしんどさを感じる女性が多いことに気づきました。それならば農村にはそんな女性たちを助ける力があるんじゃないのかなって思って、ふるさととしての宿を作ることと、十日町市の農産物を使って安心安全な子どもたちのおやつを生産販売しようと思っています。
     それと自然保育といって欧州では森で子どもたちを保育する森の幼稚園が広がっているのですが、十日町市のママさんたちも始めていて、いずれは森の幼稚園の活動も後押しできたら良いなぁと思っています。そのための資金を集めるクラウドファンディングを8月下旬から始める予定です。

    ― 平成26年からは十日町市農業委員、平成28年からは新潟県農林水産審議会の委員も務めていますね。

    佐 ありがたく引き受けさせていただきました。農業委員の仕事は多岐にわたるのですが、一番の仕事は土地のやり取りを法律に沿ってやっているかなどを見たりします。私の場合だと農業の後継者を増やすために、農業をしたい人の相談を受けたり、土地や空家がないかを一緒に探したりだとかそういう仕事をしています。
     先輩の委員さんは土地や農地のトラブル、調停、放棄地の調査などをしていて、私はまだ新人です(笑)。農林水産審議会は新潟県の毎年の農業施策方針を審議します。職員の皆さんが考えてくださった方針に、現場の意見や考えを入れて審議していく仕事です。

    ― 今は嫁ぎ先に住んでいますが、池谷集落に家を建てたいとか。

    佐 池谷ではお米とサツマイモを栽培しているので、毎日通って農作業しています。もちろん池谷に住みたくて移住したっていうのもありますし、池谷で毎日農作業しても作業場が無いっていうのはしんどいんです。だんだん規模が大きくなり限界がきている感じがしていて、収穫したものや農機具を置く場所など、拠点となる作業場は必要だなと思っています。
     宿を作りたいというのは拠点としての意味合いもあります。もちろん今住んでいる地域は夫の事業の拠点でもあるので、夫婦で両方の地域を行き来しながら守っていけたら良いなって思っています。

    ― ご主人の幸治さん、娘さんはどんな存在ですか。

    佐 1人では何もできないので、協力してくれる夫に感謝しています。頭が上がらないですし、応援してくれるのは心の支えになります。娘は生きる意味になってしまいました。
     移住してきた頃は、池谷の人たちが教えてくれたものを学んでつなぎたいと思っていたのですが、娘を出産したら、つなぐ先ができたと思いました。この子の為に良い世の中を作らなきゃとか、良い地域を繋げて行かなきゃとか、そういう気持ちの変化をくれたので、娘の存在は私が頑張る意味です。


    (2017年7月取材)





    ORADOKOマガジン 2017年8-9月号掲載

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